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福岡高等裁判所 平成7年(行コ)3号 判決

控訴人

原国政裕

外二九八名

右二九九名訴訟代理人弁護士

仲山忠克

被控訴人

金城利一

右訴訟代理人弁護士

与世田兼稔

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、沖縄県島尻郡豊見城村に対し、一六四二万五二九〇円及びこれに対する平成元年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人らにその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その八を控訴人らの、その二を被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第一  申立

控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、沖縄県島尻郡豊見城村に対し、三億〇五〇四万一一〇〇円及びこれに対する平成元年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件の概略

沖縄県島尻郡豊見城村(以下「村」という。)の住民である控訴人らは、被控訴人が村長として、予定価格(最低限度価格)のほかに最高制限価格を設定した一般競争入札という、地方自治法が許容していない違法な方法により、最高制限価格と予定価格の範囲内の価格(結果的には三名の入札者中最低の価格)による買受申し出をした者を売却の相手方と決定し、これに村有地を売却したことにより、村は入札者中最高価格での買受申し出をした者に売却したならば得られたであろう差額(当審において、随意契約によったときの売却価格として推認される価格との差額と改めた。)三億円余の損害を蒙ったと主張して、地方自治法二四二条の二第一項四号の定める住民訴訟として、村に代位し、被控訴人に対し、不法行為による村への損害賠償を請求した。

これに対し、被控訴人は、売却された村有地は公有水面埋立法が適用される埋立地であり、その売却にあたっては、不当な受益の禁止という同法上の制限や地価高騰の抑制等の政策目的のため、売却価格の上限を画する必要があったこと、売却の相手方を決定するにつき公平を確保すべきであったことから前記のような一般競争入札という方法を採用したものであり、これは地方自治法に抵触するものではなく、違法ではないなどと反論した。

第一審は、被控訴人の主張を認め、右入札方法は地方自治法に抵触しないとして控訴人らの請求を棄却し、その控訴審(福岡高等裁判所那覇支部平成四年(行コ)第二号)も同旨の判断により控訴を棄却したが、上告審(最高裁判所第一小法廷平成五年(行ツ)第一三五号)は、右のような一般競争入札は地方自治法の許容するところではなく、右村有地の売却は、適正価格を定めて買受人を公募し、抽せんなどにより相手方を決定する随意契約によるべきであったとして、右控訴審判決を破棄し、随意契約によったとしたら売却価格とされたであろうと推定される価格と実際の売却価格との差異の有無など、村の損害の有無及び損害額につき、更に審理の必要があるとして、事件を当裁判所に差し戻した。

当審において、被控訴人は、仮に村に損害が発生したとしても、被控訴人は右のような一般競争入札という方法が違法であるとは知らず、かつ、知らなかったことに過失はないから、賠償責任はないと主張した。

二  争いのない事実及び証拠によって認められる経過事実等

1  控訴人らは村の住民であり、被控訴人は、昭和五七年一〇月から平成二年一〇月までの八年間、村の村長であった者である。

(右事実は争いがない。)

2  村は、昭和六〇年七月、昭和六二年秋に開催される沖縄県国民体育大会(以下「国体」という。)の馬術競技場などの用地とするため、同村字与根地先の海面(公有水面)約四九万二〇〇〇平方メートルにつき、村の事業として埋立を行うこととしてその旨の免許を沖縄県知事(以下「県知事」という。)に出願し、昭和六一年二月一四日、県知事から埋立免許を受けた。そして、右免許に基づく工事が完了し、埋立面積等についての変更免許を経て、最終的には29万3016.42平方メートルについて、昭和六二年一二月一六日付で県知事による竣工認可がなされた。

前記埋立免許の出願にあたって村が県知事に提出した公有水面埋立免許願書には、国体の終了後は、埋立地のうち約八万〇六一七平方メートルを公共用地として村に留保し、残り約二一万二三九八平方メートルを有償で処分してその代価を埋立事業費に充当すること、処分対象地のうち一四万六〇五一平方メートル(後に同村字与根西原五〇番三八の地番となる。以下「本件土地」という。)については、用途をゴルフ場と指定して処分すること、その処分方法としては、買受申込者を公募し、公正な審査により入札参加者を指名したうえ、競争入札を実施することが記載されていた。村が、右のように用途指定をしたのは、本件土地の地質が軟弱であること、那覇空港に隣接するため航空法上の制約があること、村の財源確保や雇用促進に資するなどの理由から、用途をゴルフ場用地とするのが適当であると判断したからであり、また、その用途からして特定少数の企業を対象とする売却となるため、周辺の地価よりも低い価格で売却することは、村民世論、議会の同意を得難いとの見通しから、公平を期するにふさわしい方法として、競争入札によることとした。

(右のうち、昭和六一年二月一四日に県知事の埋立免許がなされた事実は争いがなく、その余の事実は甲四号証、一一号証、乙七号証、一三ないし一七号証により認める。)

3  昭和六二年秋の国体終了後、村は、本件土地の売却の手続、買受人の資格、売却条件等を決定するため、村長である被控訴人を委員長とし、村の幹部職員を委員とする与根地先埋立地処分選定委員会を設置した。売買契約の相手方の選定方法については、被控訴人が村の職員に調査させた結果、ほかの自治体では、埋立地の売却の場合、くじ引きで相手方を決める随意契約の方法が一般的に行われ、競争入札に付した例はないことが判明したものの、同委員会では、競争入札の方法によることを前提として審議がなされた。

右処分選定委員会の審議においては、埋立事業の実施に要した総事業費(三三億三〇〇〇万円)から道路の造成に要した費用を控除した額を、埋立により取得した土地のうち有償で処分することが決定したゴルフ場用地等の土地の面積で除した単価(一平方メートル当たり一万六〇六七円)に本件土地の面積(14万6051.77平方メートル)を乗じた金額(二三億四六四七円。一万円以下は四捨五入)を埋立原価と措定し、これを最低限度価格(予定価格)としたうえ、これに村の利益を一定額上乗せして売却すべきであるとされたが、公有水面埋立法二七条及び同法施行規則六条により、埋立地の処分によって不当な利益を得ることが禁止されており、これに反する場合には、本件土地の処分につき県知事の許可が得られなくなるおそれがあり、また、当時社会問題化していた地価高騰を抑制し、周辺地価との均衡を保つ必要があることなどから、利益の上乗せには一定の限度を設けざるを得なかったところ、沖縄県(以下「県」という。)の担当部課と事前の調整を重ねる中で、利益率は四ないし五パーセントの割合とするという方針が定まり、被控訴人の決断により、適正価格を埋立原価に4.7パーセントの利益を加算した二四億五六七五万四〇九〇円とし、これを入札における最高制限価格(最高限度価格)とすることとされた。

村は、処分選定委員会の右方針に基づき、「入札最低価格二三億四六四七万円(但し、最高限度価格を設定する。)」という定めを含む村有地処分要綱を作成し、これによって競争入札を実施し、売却の相手方を決めることにつき、県の担当部課との調整を行った。この際、県からは、くじ引きによって相手方を決めたうえで随意契約の方法によるべきではないかという意見が示されたが、被控訴人は、競争入札を行うことで県知事の埋立免許を受けているとして、予定どおり入札を実施することにした。

(右のうち、本件土地の入札における最低限度価格及び最高制限価格が設定された事実及びその各額については争いがなく、その余の事実は甲五、一〇号証、乙一、三、六、七号証、原審証人金城豊明の証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果により認める。)

4  昭和六三年一月一六日、村は、県内の新聞に本件土地の競売広告を掲載し、入札参加者の指名をすることなく、同月二五日、入札を実施したところ(なお、入札参加者には「入札最低価格二三億四六四七万円(但し、最高限度価格を設定する。)」という記載のある前記村有地処分要綱を印刷した書面―以下「要綱書」という。―が配布された。)、三名の参加者による入札があり、その各入札価格は以下のとおりであった。

守礼観光開発株式会社(以下「守礼観光」という。)

二四億四〇三二万八八〇〇円

大和観光開発株式会社(以下「大和観光」という。)

二五億一〇七二万二九〇〇円

那覇カントリークラブ株式会社(以下「那覇カントリー」という。)

二七億四五三六万九九〇〇円

右入札において、最低入札価格以上、最高限度価格以下の範囲内の価格をもって入札をしたのは守礼観光のみであったので、村は、前記村有地処分要綱に基づき、同社を落札者と決定し、翌二六日、被控訴人は、村長として、守礼観光との間で、本件土地を右落札価格である二四億四〇三二万八八〇〇円で売却する旨の仮契約を締結した(以下右入札の手続及び結果を「本件入札」という)。

(右のうち、本件入札が行われ、守礼観光が落札者と決定された事実は争いがなく、その余の事実は甲二号証、乙二号証の一、二及び原審証人金城豊明の証言により認める。)

5  同年三月一七日、村会議は、村の「議会の議決に付すべき契約及び財産の処分に関する条例」に基づき、守礼観光との仮契約を承認する旨を議決し、同月二四日、右仮契約による本件土地の売却につき、公有水面埋立法二七条一項の規定による埋立地に関する権利の処分についての県知事の許可がなされ、もって、村と守礼観光との間の前記仮契約の本契約(以下「本件売買契約」という。)が成立し、同月二六日、守礼観光による代金の支払がなされた。本件土地については、昭和六三年一月二七日受付で村のための所有権保存登記が、次いで、同年四月四日受付で守礼観光のための所有権移転登記がそれぞれ経由されている。

(右事実は甲四号証、乙五、一三号証により認める。)

6  平成元年三月一五日、控訴人らは、村の監査委員に対し、本件売買契約は地方自治法二三四条三項に反して行われた違法な入札手続に基づくものであり、これにより村は損害を蒙ったという理由により必要な措置を求める監査請求を申し立てた。同年五月一二日、監査委員は右監査請求を棄却し、その旨を控訴人らに通知した。

(右事実は争いがない。)

三  当事者の主張

控訴人ら

1  本件入札により守礼観光を落札者とし、これに本件土地を売却した被控訴人の行為は違法であり、被控訴人は村に対し、不法行為による損害賠償義務を負う。

(一) 一般競争入札及び指名競争入札の方法について定めた地方自治法二三四条三項及び同法施行令一六七条の一〇は、普通地方公共団体の収入の原因となる契約については、最低制限価格を超える価格による買受の申し出をした者のうち、最高の価格をもって申込をした者を落札者とする方法を認めているのみであり、最高限度価格を設定して、最低制限価格を超える申込をした者のうち、最高限度価格の制限内で最高の価格をもって申込をした者を落札者とする方法を許容してはいない。公有水面埋立法二七条等の規制等のため一定の価格の範囲内で本件土地を売却する必要があったとしても、一般競争入札ではなく、随意契約の方法によるべきであった。

(二) 豊見城村契約規則五条一、二項は、一般競争入札により契約を締結するときは、入札期日の一〇日前までに新聞その他の方法により「入札の無効に関する事項」その他所定の事項を広告することと規定しているから、広告された無効事由に該当しない入札を無効として取り扱うことは許されないところ、本件入札に関する広告には「入札の無効に関する事項」の記載はなく、入札参加者に対して配付された村有地処分要綱書には、入札の無効事由として、①入札資格のない者による入札、②記入事項が明確を欠き、判断できない者の入札、③その他、法令、条例の規定に違反した入札及び村が指定する入札用紙を使用しない入札が記載されていたが、最高限度価格を超える入札を無効とする記載はされていなかった。したがって、大和観光及び那覇カントリーの入札価格が最高限度価格を超えるとしてこれを無効としたのは、右豊見城村契約規則に違反する。

(三) 地方自治法二三四条三項及び同法施行令一六七条の一〇の解釈上、普通地方公共団体の収入の原因となる契約について、最低制限価格のほかに最高限度価格を設定し、最低制限価格を超える申込をした者のうち、最高限度価格の制限内で最高の価格をもって申込をした者を落札者とする方法が許されないことは、自治省がつとに「地方自治法質疑応答集」(昭和四六年九月三〇日発行)において、行政解釈として明らかにしていたものであり、かつ、収入の原因となる契約につき、最低制限価格のほかに最高限度価格を定めて入札を実施した行政実例は皆無である。更に、本件土地の売却に先立ち、県は村に対し、価格を定めて買受人を公募し、くじによって買受人を決定するよう行政指導をしていた。

被控訴人は、村長として、右の行政解釈、実例及び指導にしたがうべきであったのに、あえて違法な本件入札を強行したのであるから、故意または過失の責任を免れない。

2(一)  前記の違法な売却によって村が蒙った損害の額は次のとおりである。

(1) 随意契約によったときの売却価格として推認される価格は、前記最高入札価格の二七億四五三六万九九〇〇円というべきであるから、これと本件売買契約の代金額二四億四〇三二万八八〇〇円との差額三億〇五〇四万一一〇〇円が損害となる。

(2) 村の農林土木課は、本件土地の近隣地域において、一平方メートル当たり一万七五〇〇円の価格で公共用地を購入したという事例があり、これを参考にすると、随意契約によったときの売却価格として推認される本件土地の価格は二五億五五八九万二五〇〇円となるから、これと本件売買契約の代金額との差額一億一五五六万三七〇〇円が損害となる。

(3) 本件土地の売却に際し、前記処分選定委員会は、入札最低価格を埋立原価の二三億四六四七万円とし、これに四ないし五パーセントの利益率を上乗せすることが望ましいとしたものであり、右判断を前提とすれば、右利益率の範囲内で当該地方公共団体に最も有利な価格は、五パーセントの利益率で計算した二四億六三七九万三五〇〇円となり、右金額が随意契約によったときの売却価格として推認される本件土地の価格というべきであるから、これと本件売買契約の代金額との差額二三四六万四七〇〇円が損害となる。

(4) 随意契約によったときの売却価格として推認される本件土地の価格は、被控訴人が適正価格と判断した4.7パーセントの利益率で算出した二四億五六七五万四〇九〇円(最高限度価格)を下回ることはなく、したがって、これと本件売買契約の代金額との差額一六四二万五二九〇円が損害となる。

(二)  仮に、最高限度価格の設定が地方自治法に違反せず有効であるとすれば、最高限度価格を超える入札も最高限度価格の範囲内の部分は有効とし、大和観光及び那覇カントリーの各入札を、ともに最高限度価格での申込をしたものとして取り扱い、くじによりいずれかを落札者と定めるべきであったから、村は、最高限度価格二四億五六七五万四〇九〇円と本件売買契約の代金額二四億四〇三二万八八〇〇円との差額一六四二万五二九〇円の得べかりし利益を失うという損害を蒙った。

3  よって、控訴人らは、被控訴人に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号により、村に代位して、損害賠償金三億〇五〇四万一一〇〇円及びこれに対する平成元年六月二五日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を村に支払うよう求める。

被控訴人

1(本案前の主張)

村と守礼観光との間で本件土地の売買契約書が作成されたのは、昭和六三年一月二六日であり、控訴人らが本件につき監査請求をしたのは、これから一年を経過した後の平成元年三月一五日であるから、右監査請求は地方自治法二四二条二項に抵触し、不適法であり、適法な監査請求を経ていない本件の訴えもまた不適法として却下されるべきである。

2(一)  地方自治法二三四条三項但書及び同法施行令一六七条の一〇の法意に照らし、普通地方公共団体がその収入の原因となる契約を締結する場合、当該契約の種類、目的、性質等の具体的事情からして、無制限に高額の入札をした者と契約を締結することによって、結果として普通地方公共団体に損害を生じるおそれがあるなどの合理的理由がある場合、あらかじめ最高限度価格を設定し、最低制限価格から最高限度価格までの範囲内で最高の価格をもって入札した者を落札者と決定することは、普通地方公共団体の長の合理的な裁量判断の範囲内の行為として是認されるものと解するべきである。

本件土地は、公有水面埋立法に基づく埋立地であり、埋立地の所有権を移転するには県知事の許可を要し、許可のない処分行為は効力を生じないものであるところ、権利の移転により不当な受益をしないことが許可条件の一つとなっており(公有水面埋立法二七条一項、同二項三号、二八条)、被控訴人は、本件入札の実施にあたり、公平のため一般競争入札の方法を採用しつつ、同法の趣旨を遵守し、不当な受益を避けるため最高限度価格を設定したのであるから、右は村長としての合理的な裁量権の範囲内にあり、その逸脱または濫用にはあたらない。

(二)  本件入札の参加者に配布された要綱書の記載の趣旨に鑑みれば、最高限度価格を超える価格による入札が無効とされることは明白であった。

3  仮に本件入札に基づく本件売買契約の締結が地方自治法に違反し、随意契約の方法による売却をなすべきであったとしても、その場合の処分価格は、公有水面埋立法二七条及び同法施行規則六条の規制のため、最低制限価格と同額の二三億四六四六万七七三六円と決定されたであろうことは明らかであるから、村は、右金額を超える価格による本件売買契約の締結により何ら損害を蒙ってはいない。

4  仮に本件売買契約により村に損害が生じたとしても、被控訴人には右損害の発生につき故意過失はない。

すなわち、本件土地の処分方法については、村の総務部企画開発課が中心となって企画立案し、県知事に対する公有水面埋立免許願書においても、最高限度価格を付して競争入札を実施するという方針を明示し、右出願に基づいて県知事の埋立免許を得たものであり、かつ、本件売買契約の締結については、村議会による承認の議決及び県知事の許可を得ており、被控訴人は、これを行政上何ら瑕疵のない適法な行為と信じていたものである。本件入札については、従来の行政実例上不適法かどうかは明らかではなく、本件訴訟の第一審及び差戻前の控訴審においても、村長である被控訴人の適法な裁量行為と認定されており、上告審である最高裁判所によって初めて違法と判断されたのであるから、被控訴人が右のように適法と信じたことに過失があるとはいえない。

第三  証拠

原審及び当審記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  判断

一  被控訴人の本案前の主張について

前認定のとおり、村と守礼観光との間の本件土地売買契約(本契約)が成立したのは昭和六三年三月二四日であるから、これから一年以内である平成元年三月一五日になされた控訴人らの監査請求は地方自治法二四二条二項に抵触しておらず、したがって、被控訴人の本案前の主張は失当である。

二  本件入札の違法性について

1 地方自治法二三四条二項は、普通地方公共団体が行う契約の締結については、原則として、一般競争入札によるべきこととしている。一般競争入札とは、契約に関する事項を広告し、不特定多数の者を入札に参加させ、当該普通地方公共団体に最も有利な条件で申込をした者を契約の相手方として決定するものである。そして、同条三項は、競争入札の方法について、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込をした者を契約の相手方とするものとすると規定しているところ、右の一般競争入札の性質からして、競争入札の方法としては、普通地方公共団体の収入の原因となる契約については、最低制限価格を定めてそれ以上の範囲内で最高の価格をもって申込をした者を契約の相手方とし、普通地方公共団体の支出の原因となる契約については、最高制限価格を定めてそれ以下の範囲内で最低の価格をもって申込をした者を契約の相手方とすることとを定めたものと解すべきである。また、同項ただし書の趣旨からすると、同法は、前者の契約について、一般競争入札において最高制限価格を設けて入札を実施することを認めていないものと解すべきである。そうすると、普通地方公共団体が、収入の原因となる契約を締結するため一般競争入札を行う場合、最低制限価格のほか最高制限価格をも設定し、最低制限価格以上最高制限価格以下の範囲の価格をもって申込をした者のうち最高の価格の申込者を落札者とする方法を採用することは許されず、このような方法による売却の実施は違法というべきである。

2 もっとも、普通地方公共団体が不動産等を売却する場合において、合理的な行政目的達成の必要などやむを得ない事情があって、売却価格が一定の価格を超えないようにする必要があり、これを一般競争入札に付するならば、最高入札価格が右一定の価格を超えるおそれがあるときには、その売却は、「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」(地方自治法施行令一六七条の二第一項二号)に当たるとして、随意契約によって行うことができるものというべきである。ただ、その場合においても、普通地方公共団体としては、右の事情につき配慮したうえで、当該地方公共団体に最も有利な価格で売却すべき義務を負うのであるから、そのような価格を売却価格として設定しなければならない。

本件の場合、前認定のとおり、本件土地が公有水面埋立法による埋立地であるため、法令上その処分価格に制限があり、また、地価高騰の抑制のため、周辺地価との均衡を保って売却する必要があるなどの事情があったのであるから、売却の性質及び目的が競争入札に適しないものであったということができる。したがって、村としては、本件土地の売却に当たっては、右のような事情を配慮して売却価格を定め、随意契約によって売却すべきであったのであり、最高制限価格を定めた一般競争入札によって行った本件土地の売却は違法といわなければならない。

3  以上によれば、本件入札が地方自治法に抵触する違法な行為であるという控訴人らの主張は正当である。

(なお、控訴人らは、村の条例違反の主張もしているが、これは、本件入札が地方自治法上は適法であることを前提としての、落札者の決定に違法無効の事由があるという主張と解されるから、採用できない。)

三  被控訴人の責任について

1  甲九号証によれば、自治省は、昭和四六年九月三〇日発行の「地方自治法質疑応答集」(自治省行政局行政課内地方自治制度研究会編著)において、地方自治法二三四条三項及び同法施行令一六七条の一〇は、普通地方公共団体の収入の原因となる契約について、最低制限価格のほかに最高限度価格を設定し、最低制限価格を超える申込をした者のうち、最高限度価格の制限内で最高の価格をもって申込をした者を落札者とする方法を許容しているとは解されない旨の見解を公表していたことが認められ、被控訴人は、本件入札の実施に先立って部下に調査をさせた結果、地方自治体による埋立地の売却処分の場合、最低限度価格のほかに最高限度価格を定めて入札を実施した実例がないことを知っていたことは、被控訴人自身、当審における本人尋問において供述するところである。また、本件入札の実施に先立ち、県は村に対し、随意契約の方法によるべきではないかとの意見を示していたことは前認定のとおりである。

右事実によれば、被控訴人は、本件入札を実施する前に、これが地方自治法上許容されない違法な方法であること、もしくは、少なくとも、違法と評価されるおそれが強いことを認識し、実施を再考して慎重な検討を加え直し、県の意向にしたがって随意契約の方法に改めることは、十分に可能であったと認められる。

2  昭和六二年二月に、村が県に提出し、同県知事から埋立免許を受けることとなった公有水面埋立免許願書に、埋立地のうちゴルフ場用地として売却処分する土地については、公正な審査により入札参加者を指名したうえ、競争入札を実施する旨が記載されていたことは前認定のとおりであるところ、被控訴人は、本件入札という方法は、右願書の記載に基づいて県から許可を受けた既定方針であったと供述する(当審)。

公有水面埋立法四条一項五号は、埋立地の処分方法及び予定対価の額が適正であることを、県知事が埋立免許をするうえでの要件の一つとして定めている。しかし、免許を受けた右願書中に売却処分の際の買受人決定方法として、競争入札による旨が記載されていたからといって、これが将来にわたって村を拘束し、一切の変更が許されない事項として確定したものとなったと解さなければならない理由はない。すなわち、同法一三条の二は、埋立区域の縮小、埋立地の用途もしくは設計の概要等について、正当の事由があるときは、都道府県知事は、変更を許可することができる旨を規定しているのみで、埋立地の処分方法の変更について、事前に知事の許可を得なければならないという規定はないこと、及び同法二七条において、知事が埋立地に関する権利の設定・移転につき許可をなす要件の一つとして、権利の移転等の相手方の選考方法が適正であることが掲げられていることに照らすと、同法は、埋立地の売却という処分方法の手続過程における「売却の相手方の決定方法」に関しては、知事の免許を受けた願書の記載と異なる方法が採用、実施された場合でも、事後の権利移転の許可の際に右方法が適正であったかどうかを審査し、これが適正であったと判断されれば右許可をなすべきものとしているもので、免許を受けた願書に記載された「処分の相手方の決定方法」の変更を許さないものとまではしていないと解される。現に、村の右願書には「入札参加者を指名したうえ競争入札を実施する」旨が明記されていたにもかかわらず、本件入札は一般競争入札として実施されているところ、村が、この処分の相手方決定方法の変更が許されるかどうかについて検討した形跡もなければ、県が、右変更に異議をさしはさみ、または、本件入札実施後の権利移転許可に際してことさらこの点を問題とした事実もない。してみれば、被控訴人の前記供述にかかる事実を、被控訴人の責任を阻却する事由として顧慮することはできない。

被控訴人は、また、右願書において競争入札によるという記載がなされたのは、当時の県の担当者の強い意向にしたがったものである旨供述するが(当審)、これを裏付けるべき証拠は皆無であり、採用できない(仮にそのような事実があり、村としては県の意向に逆らうことはできないという事情であったとすれば、本件入札の直前に、県の担当部課から、随意契約によるべきではないかという意見が示されたのに、被控訴人がこれにしたがわなかったこととは辻褄が合わない。)。

3  本件入札の結果に基づく本件売買契約の締結につき、村議会の承認の議決及び県知事による許可があったことは、本件入札の違法性を否定すべき根拠とはならず、もとより、被控訴人が、入札実施前に、本件入札の方法が法律上許されるものであるかどうかを判断するにつき、影響を与え得る事由たりえないから、その責任を阻却する可能性のある事情にもなり得ない。

4 以上のとおり、被控訴人は、村長として、本件入札が地方自治法に抵触する違法な方法か否かを慎重に調査検討し、判断すべきであったのであり、前認定の経過に照らし、右の調査検討等を行うことは時間的、能力的に可能であったと認められる。然るに、被控訴人は、右調査検討を尽くさず、その結果、本件入札の違法性を看過してこれを実施したものであるから、村に対する注意義務を怠った過失責任を免れない。

四  損害の発生の有無及びその額について

1  本件土地の売却は、本件入札のように最低限度価格と最高制限価格を設定した一般競争入札ではなく、価格を定めて買受申出人を公募し、くじで契約の相手方を決定し、この者との間で交渉を行い、契約を締結する、随意契約の方法によるべきであったことは前述のとおりであるところ、随意契約の方法によったときの売却価格として推認される価格が、本件売買契約における売却価格よりも高額であれば、その差額が村の蒙った損害にほかならず、被控訴人は、右損害を賠償すべき責任を負う。

2  本件土地が随意契約によって売却されたとした場合の推定売却価格は、前認定の、本件入札に先だって売却価格の上限及び下限が検討、設定された経緯に鑑みると、被控訴人が適正価格と判断し、本件入札における最高制限価格とされた二四億五六七五万四〇九〇円と認めるのが相当である。

すなわち、前認定のとおり、村は、本件土地の取得に要した費用を算定してこれを埋立原価とし、本件土地の売却によって利益を得るべきであるという見地から右埋立原価に利益を上乗せした価格により売却することを決定したうえ、前記公有水面埋立法による不当受益の禁止等の要請を考慮し、上乗せする利益は埋立原価の四ないし五パーセントの割合の範囲内にとどめるべきであるという判断のもとに、最終的には被控訴人の決断により、適正な利益率を4.7パーセントと定めたものである。

ところで、まず、本件入札において定められた「最低売却価格」については、村は、これを埋立原価として算定したものであり、右埋立原価の基本的な考え方及び算出方法等の当否はひとまず措き、少なくとも、村は、これを下回る価格での売却をまったく予定していなかったことは明らかであるから、本件土地が随意契約の方法により売却されたとしても、右価格を下回る価格が設定されたとは考えられない。

そして、右の、埋立原価の4.7パーセントという利益率は、競争入札を行うという前提のもとにおける最高限度価格の算定根拠とされた数値であるが、随意契約によることが前提であったと仮定した場合には、右決定と異なる価格が設定されたであろうことをうかがわせるに足りる事情の存在を認めるべき証拠はない。

村の前記処分選定委員会が適正な利益率の目安とした四ないし五パーセントという割合については、その根拠は明らかではないが、本件土地の売却処分につき県との事前調整を重ねる中で相互了解に達した利幅であると認められ、したがって、五パーセントの利益率による価格であっても、所有権移転についての県知事の許可が得られる見込がないわけではなかったということができる。しかし、被控訴人が、最終的に、五パーセントから若干下げた4.7パーセントで決断したことからすると、被控訴人は、五パーセントでは県知事の許可が得られないおそれがあることをおもんばかったものと推認されるのであり、被控訴人が村長としてした、村の利益と諸制約とのかねあいをはかった右判断は、本件土地を随意契約によって売約するとした場合においても同様であったと推認される。

3 してみれば、村は、本件入札という違法な方法によって本件土地が売却されたことにより、随意契約の方法によって売却していたとすれば得られたであろうと推定される売却価格二四億五六七五万四〇九〇円と本件売買契約における実際の売却価格二四億四〇三二万八八〇〇円との差額一六四二万五二九〇円の損害を蒙ったこととなり、被控訴人は村に対し右損害を賠償すべきであるという控訴人らの請求は、右の限度で理由がある。

五  よって、本件控訴は一部理由があり、被控訴人の損害賠償責任をすべて否定した原判決は正当ではないから、これを変更し、控訴人の本訴請求中、被控訴人に対し一六四二万五二九〇円及びこれに対する、本件訴状送達の日の翌日である平成元年六月二五日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を村へ支払うことを求める部分を正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋元隆男 裁判官池谷泉 裁判官川久保政德)

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